親善都市となるきっかけ
親善都市のきっかけとなった
大浜小学校・平真小学校・明石小学校
岡崎市と石垣市の交流の始まりは
大東亜戦争中に石垣市の旧大浜飛行場にいた
岡崎出身海軍将校が特攻隊の「八重桜隊」結成にあたり
その兵舎に大浜小学校を使わせてもらった縁で
戦後の昭和39年1月に石垣市立大浜小学校に童話集や参考書を送ったことがきっかけとなり
将校の母校であった岡崎市奥殿小学校と石垣市大浜小学校、平真小学校、 明石小学校の3校が姉妹校の締結を行った。
その後、昭和44年2月19日に岡崎市と石垣市の親善都市提携へと発展したものである。
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それぞれの小学校に赴き、校長先生や教頭先生と懇談させていただくことにより、現在では大浜小学校との交流のみとなり、その大浜小学校でも毎年行っていた交流も3年ごとにと縮小されている様子を知ることができました。
(平真小学校・明石小学校では、先生も姉妹校の事実も知らない)
それでも、60代の平真小学校出身者は、岡崎市との交流を通じ
学級の3分の1は岡崎市の紡績工場へ集団就職をしたんだよ!と、
当時の盛んな交流を語ってくださいました。
奥殿小学校と大浜小学校の姉妹校締結より52年
親善都市石垣市ともっと深く強く結びつくことで、
両市のさらなる発展につながると私は信じます。